「数学の方程式なんか勉強しても、社会に出てから使わないでしょ?」
中学生のみなさんがよく口にする言葉です。そして大人たちの多くもまた、この問いに正面から反論することはできません。実際のところ、会社で働きながら方程式を使うような場面なんてないからです。
では、数学はほんとうに役立たずの学問なのか?
理科や社会も、勉強しなくていいのか?
そんなことはありません。ここでひとり、人類の歴史を変えた数学者を紹介しましょう。
その人の名は、アイザック・ニュートン(人物1)。
みなさんも名前は知っていますよね? たぶん「木から落ちるリンゴを見て、万有引力の法則を発見した」といったエピソードも聞いたことがあると思います。
でも、地球に引力があること(物体を引き寄せるような力が働いていること)くらい、ニュートンの時代の人たちはみんな知っていました。ニュートンは、引力そのものを発見したわけではありません。
それでは、ニュートンはなにを発見したのか?
数学です。もう少し詳しくいうと、ニュートンは微積分(微分と積分)学という「あたらしい数学」を発見したのです。微積分の詳しい中身については、みなさんも高校や大学に進んでから学ぶはずです。とりあえず今日のところは、「そういうジャンルの数学がある」ということだけ覚えておいてください。
20世紀を代表する物理学者・アインシュタインは、ニュートンのことをこんなふうに評価しています。
「ニュートンにとっての自然とは、開かれた本であり、彼はそこに記された文字を苦もなく読むことができた」
木からリンゴが落ちること。地球は太陽のまわりを回っていること。その地球のまわりを月が回っていること。こうした自然界のありとあらゆる現象を、まるで一冊の本を読むように苦もなく読み解いていく。
なぜそんなことができたのか?
まだ誰も知らない、「あたらしい数学」を発見したからです。この数学を使えば、自然界の現象をどんどん説明していくことができる。ニュートンにとっての微積分学は、「あたらしい数学」というよりも、「世界を説明するためのあたらしい言葉」といったほうが的確なのかもしれません。
木から落ちるリンゴのエピソードには、続きがあります。
ニュートンがそこで考えたのは、「リンゴは木から落ちるのに、どうして月は落ちてこないのだろう?」という疑問でした。地球に引力があるのなら、月だって落ちてこないと理屈が合わない。月が空(宇宙)に浮かんでいるのはおかしいじゃないか。
そんな疑問からたどり着いたのが、「万有引力の法則」です。
万有引力の「万有」とは、「すべてのものがもっている」ということ。要するに万有引力とは、「この宇宙に存在するすべての物体は、引力をもっている」という意味なのです。地球だけでなく、月にも、太陽にも、リンゴや人間にだって引力がある。ニュートンは、それを数学によって証明しました。
そして月がリンゴのように落ちてこない理由にも、ニュートンは数学的な答えを出しました。もともと月には、車で急カーブを曲がるときと同じような、外側へ飛び出そうとする力(遠心力)が働きます。この遠心力と、地球と月の引力がぴったり釣り合っているから、月は落下することなく、ぐるぐると回り続けていくのです。もちろん、人工衛星が地球のまわりを回るのも同じ理屈です。
(中略)もしも「万有引力の法則」がなければ、ロケットが月に行くことも、宇宙ステーションや人工衛星が地球のまわりを周回することもなかったでしょう。そして人工衛星がなければ、衛星放送、天気予報、カーナビ、スマホの地図アプリ、国際電話など、みなさんの暮らしを支えるさまざまな「魔法」が消えてしまいます。
ニュートンは、数学によって世界を読み、数学によって世界を変えたのです。
(中略)実際の話、ニュートンは「数学という魔法」によって世界を変えました。
もしも彼が、みなさんの「数学なんて、なんの役にも立たない」という声を聞いたら、どう答えるでしょう? ちょっと想像してみると、おもしろいかもしれません。
引用文献『ミライの授業』(瀧本哲史 講談社)