2021年9月28日、このニュースの見出しを見たときの衝撃は忘れられません。
嵐の櫻井翔と相葉雅紀が結婚
嵐ファンかどうかに関わらず日本中がおおいに驚いた、分配法則が通用しなかったこの瞬間。「翔くんと雅紀くんがつきあってたん⁉」
習ったのに忘れていましたが、分配法則というのは以下の関係が成り立っていることを言います。
a×(b + c) = a×b + a×c
または
(b + c)×a = b×a + c×a
つまり、bとcを足したものにaをかけるのと、bとcにそれぞれにaをかけてから足すのとで結果は等しいと言えます。
言語において「aおよび(&)や「または」(or)等の接続詞が、並立(対等に並んでいる関係)した名詞句を結んだときと、述部全体の単位を結んだときとで同じ意味を導ける以下の例も、自然言語の性質として分配法則が成り立つおかげです。
ブラジル および ドイツに勝つ
= ブラジルに勝つ および ドイツに勝つ
コーヒー または 紅茶を 飲む
= コーヒーを飲む または 紅茶を飲む
同様に、日本語の「~と~が✕✕✕」という表現でも、「と」の前後の名詞が並立関係にあるならば分配法則が成り立つことになっています。なので例えば「櫻井翔と相葉雅紀が祝福」だったら、「祝福する」という述語を「櫻井翔が祝福、相葉雅紀が祝福」のように分配した解釈ができるはずです。
そして「祝福する」と同様、「結婚する」は特にその結婚相手に言及せずに「結婚した状態になる」という自動詞的な使い方をしたり、また目的語を伴った(「~と結婚する」)他動詞として(その目的語部分を省略した場合も含め)使われます。「嵐の櫻井翔と相葉雅紀が結婚」という見出しの書き手の意図もそのいずれかです(櫻井翔が結婚、相葉雅紀が結婚、あるいは櫻井翔が誰かと結婚、相葉雅紀が誰かと結婚)。
(櫻井翔と相葉雅紀)が結婚
=櫻井翔が結婚+相葉雅紀が結婚
しかしながら、「祝福する」とは違って「結婚する」はちょっと特殊な動詞で、主語と目的語が相互対称的、つまり「お互い」という関係を結ぶ「相互動詞」としても使われます。この相互動詞としての解釈が、本来一般論として成立しているはずの分配法則によって導かれる読みに優先してしまった結果が、「翔くんと雅紀くんがつきあってたん⁉」という解釈なわけです。
解釈に曖昧性が発生する際、世間の知識に照らして、より常識でありえそうな解釈が優先されることはままありますが、私の、いや多くの人の頭のなかでは「結婚する」は相互動詞だとする解釈により馴染みがあるのか、はたまた人間はいつでも、あえて「まさか」を求めがちなものなのか(というか、見出しを書いた人、それ見越してますよね?)。それはそれとしても、「翔くんと雅紀くんがつきあってたん⁉ とにかくおめでとう!」って(間違って)反応した人が続出したというのなら、この令和の世は悪くないなあ。
引用文献『岩波科学ライブラリー 312 ことばと算数 その間違いにはワケがある』(広瀬友紀著 岩波書店)
広瀬友紀 大阪府出身。ニューヨーク市立大学にて言語学博士号を取得。電気通信大学を経て現在、東京大学総合文化研究科言語情報科学専攻教授。専門分野は心理言語学・特にヒトの言語処理。近年は言語発達過程の子供が獲得途中の知識をどのように運用するのか、という問題にも強い関心を寄せる。著書に『ちいさい言語学者の冒険』(岩波書店)、『子どもに学ぶ言葉の認知科学』(筑摩書房)などがある。本文に登場する息子は現在中学生に。数と、言葉と、どうか仲良くやってほしい…。